エジプトのツタンカーメンの発掘から今年90周年です。
日本では上野の森で「ツタンカーメン展 黄金の秘宝と少年王の真実」(来年1月20日まで)なんて開かれています。
エジプトでは22日に式典がありました。動画はNHK。

ツタンカーメンの墓を発掘した人は、恐ろしいことに全員死んでいるのです。ギャー

photo:Museo El Cairo Egipto Salas de Tutankamon 101 by Rafael Gomez www.micamara.es

それは90年も前の話ですから、今は全員死んでいますよ。

意外に勘違いされていること。
ツタンカーメンの墓はピラミッド……じゃない。
ツタンカーメンの呪いで発掘した人が死ん……でない。



 ツタンカーメンは、古代エジプト第18王朝の12代目の若き王さまです。これは3300年ほど前のこと。日本だと縄文時代後期で、寒冷化して、三内丸山遺跡などの大型の村落が解体したあとに、分散した時代。東北では、集団墓地のストーンサークルがつくられる時期です。


 悲劇の少年王と言われるツタンカーメンですが、有名になったのは、墓が「ほとんど盗掘されていなかった」ことです。

 もともと前王の腹違いの弟として、女たちの間で育てられたツタンカーメンは、王や優位な後継者が相次いで死んだために、急遽、10歳で王になりました。その際、前王の王女(12歳)と結婚しました。

 この頃の名前はツタンカートン(アトンの神様を信じるもの)

 即位して、3年後にツタンカーメン(アメンの神様を信じるもの)に改名しました。ぶっちゃけ改宗したわけです。

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 しかし、王になってからわずか9年で死亡しました。当時の宮内大臣が、自分用につかった墓にツタンカーメンを埋葬したのです。つまり、もともとは「王墓」ではなかったのです。

 この宮内大臣は、前王の娘でもあるツタンカーメンの王妃を、無理やり結婚して、自分が王になってしまったのです。

 これは怪しい。宮廷クーデターの匂いがします。



 それから3000年〜

1922年、イギリス人の考古学者のハワード・カーター(1873〜1939)が、このほぼ無傷の墓を発見し、世界中を興奮させる大発見をしました。

 ところが、カーターさんは学術報告書をかかないまま。。。つまり発掘したものをすべて、ちゃんとカイロの博物館に預けたかは怪しい(端的に言うと持ち出してうっぱらった可能性)。よって歴史界では評判が悪いのです。別に有名になったからへの嫉妬だけではないのです・・・たぶん。

で、ツタンカーメンの呪いですが、「第一当事者」のカーターさんが発掘から17年も生きていますから、そもそもないと断言できるわけです。

 火のないところに煙は立たない。では、なぜこの「ファラオの呪い」とは、ツタンカーメンの呪いとはなんだったのでしょうか。

 それはカーターさんのスポンサーだったイギリス貴族のカナーボン卿(Load Carnarvon)が、発見から半年後の1923年にエジプトで亡くなったことです。57歳でした。


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=写真、カーナボン卿、wikipedeiaイギリスより

 死因ははっきりしていて、蚊にさされたことによる感染病で、敗血症になってカイロのホテルで死亡しました。年齢がすでに高齢だったこと、100年近い前のエジプトの衛生状況を考えると、不自然ではないわけです。

 ほかに発掘にかかわった人で、不自然な死を迎えた人はいません。自然には死んでいます。まだ生きていたほうが、呪いでしょう、逆に。

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